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千秋公園は、慶長7年(1602)から明治2年(1869)の版籍奉還まで、
12代267年間続いた秋田藩20万石佐竹氏の居城、久保田城跡です。
久保田城は、常陸(現在の茨城県)から国替えとなった初代藩主義宣公が、
慶長8年に自然の台地を利用して築城した、石垣や天守閣を持たない平山城です。

明治29年(1896)に近代公園設計の先駆者で祖庭ともいわれている長岡安平の設計により、公園として整備されました。

「千秋」の由来は、秋田の「秋」に長久の意の「千」を冠し、
長い繁栄を祈ったものといわれています。

春の桜やつつじに始まり、秋の紅葉そして冬の雪吊りと、四季折々の鮮やかな彩り、
たくさんの秋田の歴史に触れることのできる、
秋田市のシンボルともいえる市民の憩いの公園です。



久保田城本丸の正門で、一ノ門とも呼ばれ、本丸の玄関口として
警備上からも重要な地点とされていました。

左手には門の警備と管理をする「御番頭局」、
門の下手には侵入者を警戒する「御物頭御番所」
を置いて厳重な守りを固めていました。

現在の門は、絵図などの文献資料や発掘調査の成果をもとに、
市制110周年を記念し平成13年(2001)に再建したもので、
構造は木造2階建て瓦葺櫓門であり、佐竹20万石の正門に
ふさわしい壮大なものとなっています。








時鐘(ときがね)は、寛永16年(1639)2代藩主義隆公が、
城内二の丸の一角に鐘楼を設置したのが始まりとされています。

現在の鐘は鐘楼の老朽化等により一旦廃止されましたが、
昭和48年(1973)に復活、「千秋の鐘」と命名され、
家臣・吉敷家の末裔が今も時を知らせています。






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千秋公園活性化協議会について
秋田を象徴する貴重な地域資源である千秋公園およびその周辺の魅力を最大限引きだす事により、旧城下町地域のにぎわいの再生、千秋公園およびその周辺における良好な景観の形成、来訪者の安全安心の確保などを図るため、千秋公園を拠点として活動する市民グループや周辺商店街、伝統芸能団体、交通・観光団体、市、県など31団体で、平成19年8月21日に設立されたものです。